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2010年9月2日 (木)
プレスツアー中
今日はロンドンにいます。
今週はヨーロッパ。パリ、マドリッド、ロンドン、ウィーン。 毎日移動してるんで首が悪化した。
痛くて回らなくなった。
やっぱり移動の椅子が首にはホント良くない。頭を支えきれて無いのかもな。あまりデカくはないと思うんだけど。
こっちは涼しくていいよ。 日本はずっと暑いもんね。帰ったら変化についていけるだろうか? 嫌だな。
デッドライジング2のプロローグ「CASE:0」の配信が世界中で始まったよ。 残念ながら日本では、トラブルがありまだ配信されてないんだけど、待ってくれてるユーザーには本当に申し訳ない。 とにかく努力して1日でも早く配信出来るように頑張る(といっても俺の力の及ばない話なんだが)からもうしばらく待っててね。
こっち(海外)では評判もいいみたいなんでひと安心だよ。
本編の方も売れてくれると嬉しいな。
では、またね。
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(更新 2010年9月2日 (木) 04時47分) / |
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2010年8月22日 (日)
過保護 撲滅
なんで毎日毎日、悩みながら生きているのか? ボーっとなにも考えずに生きていても、たぶん困らないしそれはそれでひとつの人生なんだろうけどね。
最近は、「過保護」について悩む。
子育てのこともそうなんだけど、どちらかというと会社。 部下に対して、いや上司に対しても「過保護」ってどうなんだろう?
出来ないから、代わりにやってあげる。 早く出来るようになってもらいたいから見本を示す。 失敗しないように先回りして手を打つ。 頼られるから、やってあげようとする。
これら全部、「過保護」と言えば「過保護」
しかし、「教育」の基本でもあると思うんだよな。
出来ないから教えてあげる。見本を示す。 成功に導いて、自信をつけさせる。 愛情をかけ、信頼を得る。
何が違うのか?
昔、優しすぎるのも良くないと言われたことがあった。 優しさは人間の「弱さ」を更に弱くするときがある。 安易に「甘え」の方に向かいがちになるからだ。
じゃあ、「厳しさ」を持てばいいと考えがちになる。 当然「厳しさ」は必要。 「厳しさ」には罠がある。 厳しくすれば人間、言うことを聞く人が増える。 会社や組織では厳しい規則などで縛りつけて統制の利いた「良い組織」だと思い込んでいる「暴君」もいるが、俺はそうは思わない。
それこそ安易な方法にたよった組織で、決して長続きはしないと思う。
かと言って、甘やかしてばかりの組織ではこれも同じ。
厳しく教え、優しく接し、強く導き、たくさんの愛情を与える。 そんな組織が良いのだろうが、誰しも出来ることではないと思う。
きっと単体で成立する話ではなく、俗に言う「飴と鞭」なんだろうな。
厳しいって方は、実はそんなに悩んでない。 とにかく、課題を与え、その結果をジャッジし、間違いを正し、また新しい課題を与える繰り返しを、強い精神力で根気強くやればいい。
優しい方が難しい。
「楽」「楽しい」を与えれば与えるほど人間は「もっと」になるから。 現状に満足せず、未来に向かって突き進むためには、今やらなくてはいけないことがたくさんある。今、困っていることをやるのではないから、切羽詰まっている訳でもない。そんなことをやるには普通に理解出来ないことも多く、先を見越した見本をいっぱい示さなければならないことがある。 何年も前からその見本を俺はずっと示し続けてきた。 部下に対しても、会社に対しても。
ふと気付いたら、「あれ?ちゃんとみんな付いて来ている?」 俺と俺を理解している数名だけが見本と言いつつ、全部やってないかい? 「過保護」してた?
あいつらにやらしとけば、いいんじゃない? 結構辛いことだし、失敗に巻き込まれたくないし。
そんな風に思えるようになって来た。
でも、みんなが悪いんじゃなく、「過保護」が悪いんじゃないかとも。
悪いのは出来ない奴らでも、やらない奴らでもなく、出来るように出来ない奴でやらせられない奴なんだろうな。
そう、俺が悪い。
本気でそう思い始めた。 その最も大きな原因は「過保護」なんだと。
だから今後はこの「過保護」との対決がメインとなるような気がしている。 いかに「過保護」を打ち破り、「権力」による抑えつけに逃げるのでもなく、しっかりと理解させていくことが重要かと思う。
悩みは多いけど、ひとつひとつ手を打つことが重要だと思う。 逃げたりせず、正面からぶち破るそんな人間でいつまでもいたいもんな。
負けないよ。
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(更新 2010年8月22日 (日) 12時16分) / |
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2010年8月15日 (日)
夢と現実
中学生になると、少なからずみんな音楽に興味を持つ。 俺たちの時代も今も同じだと思う。
30年前はレコードの時代だし、カセットテープだし、アイドルって呼ばれたトイレにもいかないイメージのお人形のような女の子が歌ってた時代だ。
今は音楽はダウンロードだし、ipodだし、恋愛の公表を許されたアイドル(今でも一応は使うか)が歌う時代だよね。
環境は変わっても、変わらないのが思春期の思考かもね。
中学生の息子がなんだか音楽に目覚めたみたいで、狂ったように音楽を聴き始めた。
それからギターが欲しいといいだして、今、勉強はそっちのけでギターの練習をしている。
なんか懐かしい。 俺も中学生の頃、ギターがやりたくて親にせがんで安いギターを買ってもらったな。 練習したけど、あまりの才能のなさに挫折した。 安いギターといっても結構高かっただろうななんて今だから冷静に考え、親にまた感謝だ。ゴメン。
あの頃の俺と違うのは、息子には仲間がいることかな。 音楽好きの仲間が集まって、バンドを組むらしく張り切っているよ。
微笑ましくて、いい感じだね。
まあ、どんなことでもいいから自分たちで何かを始め、何かの夢を持ち、それを仲間で共有する。 凄く良いことだし、若いころから始めるのもいい。
現実なんて考える必要のない頃からやれば、夢はみやすくなるよ。
下手に現実をみてお利口なことばかり言ってる奴らに、「夢」とか「成功」とかは「現実」ではないもんね。
俺は「宝くじ」は買わない。 何故か? 裏に書かれた当選確率っていう現実を見ると買う気がしない。 しかし、人生において「夢」はみるよ。 この業界でもトップになり成功し続けることは宝くじの当選確実どころではない確率かもしれない。
じゃあ、なんでこっちは現実をみないか。 それは「宝くじ」には自分自身の努力や才能の余地殆どなく(金を突っ込めばいいけどね)、ただの偶然だから。 「夢」には自分自身の才能とそれを活かそうとする努力によって当選確率を無限に上げることが出来るからだ。
同じ現実味がないなら、自分自身が関与出来る方が良くないかい?
まあ、と言ってもあくまで確率。例え2分の1になったところで50%は外す。 最後には自分自身どうしようもない「運」ってもんに左右されるんだけどね。 それでも確率は上げておきたいもんだ。
「夢」はみた方がいいよ。 それを共有できる仲間もいた方がいい。
夢がもし叶えられた時、仲間と分かち合える喜びはたぶんこの世で一番素晴らしいものの一つだと思う。
そんな素晴らしいことへの第一歩を息子は歩み始めた。自分のことのように嬉しい。
きっと、挫折したり、悩んだり、裏切られたりといろいろ壁は立ちはだかるだろうが、今から練習することはきっと役に立つよ。
頑張れ。
俺もまだまだ「夢」を見続けいくよ。 息子に負けないようにしよう^^
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(更新 2010年8月15日 (日) 10時00分) / |
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2010年8月15日 (日)
トゲトゲしててゴメン
人に裏切られるって、どこの範囲でそう呼ぶんだろうね。
嘘つかれただけでも裏切りだし、そのう嘘の種類によっても変わるだろうね。
人生において人に裏切られるってことは、まあ珍しいことではないかな。
俺も40年以上生きてる訳だし、結構裏切られている方だと自覚してるよ。 嫌な思いをしたけど、まあ仕方ないことなんだよね。
以前、ある人にこんなことを言われた。
「殴った人間は覚えていないかもしれないが、殴られた方は一生忘れない」と。
あることの例えで言った比喩だが、裏切りにも当てはまるよね。
「裏切った人間は小さなことだろうが、裏切られた方はとてつもなくデカイ傷を負う」
大抵の裏切りはエゴからきていると思う。自分勝手な考え方が相手の気持ちを考えることなく酷いことをしたり、酷い言い方で相手を傷つける。
そして自分勝手であるが故、そのことを殆ど覚えてもいない。
俺自身、実はガキの頃から裏切りを経験していて、かなり強い心を手に入れたと思っていた。 早くに経験している方が病気の免疫と一緒で、大人になってかかると酷くなる場合があるからね。
しかし、俺は免疫があるのに次から次と新たなる裏切りを経験して、毎回傷ついているように思う。
偶然なのか、それとも俺の行いが悪いから人に嫌われ裏切りを誘発しているのか? 後者とは思いたくないけど、そうかも知れない。
まあ、何度も何度も経験すると裏切られるってことの覚悟みたいなものも出来てなかなか強い自分自身を作れているとは思う。
最近は裏切られることをデフォルトに接してみようと心がけている。 覚悟のない信頼ほど薄いものはないからね。 人を信頼する限りは、裏切りを恐れず相手の懐に入らない限り何も始まらないと。 当然そのことで、裏切られ、騙され、利用されることを覚悟しなければいけないと分かっている。
裏切りは人間の弱さの象徴だと思う。 だから、その弱さを包み込むことで少しの強さを与えることが出来れば裏切り確率は下がる(甘いかな?)。 まあ、そんな考え方で俺はつき進んでいきたいと思っているよ。
ありがとう。 俺を裏切ってくれた人たち。 君たちのお陰で俺はこれからの人生を強く生きていくだけの覚悟の決め方を学んだよ。 本当に君たちのお陰だよ。 とても感謝している。
ただし、殴られたことだけは俺は一生忘れることはないから。 たぶん君たちはこのブログを読んでもピンともこないだろうね。 まあ、いいさ。それでいい。
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(更新 2010年8月15日 (日) 00時07分) / |
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2010年8月9日 (月)
リーダーであり、クリエイターであること
世の中には立派なリーダーがたくさんいる。 で、世の中には素晴らしいクリエイターもたくさんいる。
しかし、両方が優れた存在はありえるのか?
元来、クリエイターと呼ばれる人種は協調性に欠ける人が多い。 とにかく自分の思い込みをカタチにしたいと願い、そのためには普通では考えられないような努力が出来る人たちだ。 だからこそクリエイティブが生まれ、人の心に響くのだと思っている。 誰かに合わせていたり、人の言うことばかり気にしていてはクリエイティブなんて誰にでも作れる薄っぺらなものにしかならない。 自分自身のとにかく熱い思い込みからしかクリエイティブなんて生まれないのだ。
だから協調性はいらない。
で、リーダーは? こっちはそうはいかない。 協調性の必要のない組織運営なんて考えられないし、自分勝手、わがままではリーダーは務まらない。
まったく正反対に感じる「リーダー」と「クリエイター」。両立なんて本当に出来るのか?
歴史を見れば分かるかもな。 過去に両立出来た人がいたのか?
なかなか思いつかない。 ウォルトディズニー、本田宗一郎、ビルゲイツ、スティーブジョブズ、他にもいるんだろうがそんなとこか?
しかし、クリエイター出身ではいるが殆どがきっかけで、その後は立派な経営能力でリーダーをしているイメージだな。
でも、その中でも「本田宗一郎」今の自動車メーカー「HONDA」の創設者は強烈なクリエイターとしてのリーダー像を示してくれているように思う。
クリエイターという括りではあるが、彼は技術者である。
俺の部下で毎回日報に本田宗一郎の名言を載せているやつがいて、いつも参考にさせてもらっている。 なのでここでも俺のお気に入りを何個か。
「失敗が人間を成長させると私は考えている。失敗のない人なんて本当に気の毒に思う。」
「失敗もせず問題を解決した人と、十回失敗した人の時間が同じなら十回失敗した人をとる。同じ時間なら失敗した方が苦しんでいる。 それが知らずして根性にになり、人生の飛躍の土台になる。」
「チャレンジして失敗を恐れるよりも、何もしないことを恐れろ。」
「新しいことをやれば、必ずしくじる。腹が立つ。だから、寝る時間、食う時間を削って、何度も何度もやる。」
「日本人は、失敗ということを恐れすぎるようである。どだい、失敗を恐れて何もしないなんて人間は、最低なものである。」
とにかく彼は一貫している。 技術者はチャレンジなくして何も生まれないことを経験している。 何度も何度も試すことで新しい「創造」が生まれるのだ。 それ以外の道は存在しない。 失敗を恐れるのではなく、何もしない自分を恐れろ。本当に俺もそう思う。
面白いのは、ウィルトディズニーもまた同じことを言っている。
「失敗したからって何なのだ?失敗から学びえて、またチャレンジすればいいじゃないか。」
「成功させる方法は一つしかないと分かっていた。当たって砕けろ、とにかくやれ、ということだ。」
「夢を追う勇気さえあれば、すべての夢は叶えられる。」
表現は違えど、同じ意思が感じ取られる。
しかも彼らは本当のクリエイターだ。クリエイティブの経験からの助言であり、本物の凄さを感じる。
自分自身にも通ずるものであり、くしくもいつも部下に伝えていることでもある。 やはり間違っていないと確信は出来るが、それを実行させるリーダーシップが全然ついていっていない。
歴史を見てもやっぱり、クリエイターとリーダーの両立は難しいようにしか感じない。 へこたれそうにもなるが、本田宗一郎ならきっとそんな俺にこう言ってくれるかも。
「困らなきゃだめです。人間というものは困ることだ。絶体絶命のときに出る力が本当の力なんだ。人間はやろうと思えば大抵のことは出来るのだから。」
本当に凄い経営者であり技術者だ。
リーダーとクリエイターの両立。 難しいチャレンジだけど、俺の課せられた使命だと思って頑張るよ。
本田宗一郎を目指して彼の足元くらいには及びたいもんな^^
彼のクリエイター魂を最後に。
「会社が潰れてもいいから、人の真似をするのだけは絶対に嫌だ!」
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(更新 2010年8月9日 (月) 11時18分) / |