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ミュンヒハウゼン男爵カール・フリードリッヒ・ヒエロニュムス
2008年6月25日 (水)
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「ほら男爵の冒険」 出演: ハンス・アルバース, ブリギッテ・ホルナイ, イルゼ・ウェルナー, ウィルヘルム・ベンドウ 監督: ヨゼフ・フォン・バキ
ギリアム作「バロン」のコレクターボックスが発売になるのでそれを機にこちらも見てみることにした。1943年ウーファー社。ドイツ4本目のカラー作品とのこと。
物語は現代の社交場で語られるミュンヒハウゼン男爵の物語としてはじまり、ヒエロニュムスの物語として終わる。荒唐無稽な物語を現実に引き付け、皆が簡単に受け入れやすい愛などのテーマを盛り込む、大人にも耐えられる物語として作り上げられている。美術、セット、効果も非常に豪華なもので正直驚かされた。
ギリアムの「バロン」と少し対比して観てみようと思う。触れられるエピソードにはかぶる場面は多い。砲弾で空を飛ぶ話、トルコでのトカイ酒の話、月世界旅行など。大きな違いとしては、本作では男爵の特異能力をもつ従者は早足と鉄砲名人の2人(正確には1人か)である。ギリアム版では4人。物語では鼻息男と遠耳通が別で5人である。この点は、この従者たちのエピソードは男爵の物語の中でも大きなエピソードになろうが、人数が多くなれば見せ場も作らざるを得ず、話も集約させづらくなるであろうから仕方ないと思う。後に続くが本作のテーマからいっても過度の大冒険はそれほど必要ではない。また本作ではカリオストロ伯爵が登場する。魔術師、もしくは錬金術師である彼はミュンヒハウゼン男爵とは違う道を歩んではいるがお互い認めるところがあり、彼は男爵に命の危機を伝えられた返礼として1つの願いをかなえる。男爵の願いは「望む限り若さを保つ」ことであった。 男爵は若く、魔法を失うと年老いる。対してギリアム版は男爵は年老いており冒険を得ることによって生気を得た。彼自身が既に魔法的な存在である。人々が落胆し男爵から離れると男爵は生を疎みだし死神は彼に忍び寄る。バキ版では個人の力として若さを保ち、ギリアム版では相互の作用として力を得るのだ。ギリアム版のこの作用はミュンヒハウゼン症候群を表す面も一部あろう。 バキ版は個人の物語である。最終的に男爵は永遠の若さを捨て愛する人とともに老いていくことを取る。華やかな恋や大冒険から1人の人間の人生へと収斂される。対してギリアム版は閉塞からの解放だ。生気を得た男爵は4人の家来と共にトルコ軍を打倒し、民衆を開放する。トルコとの終わりのない、実務的な(これは現実世界の比喩であろう)戦争から、男爵の登場によって解放されていく。バキ版では現実に取り込まれる男爵に対して、ギリアム版は物語の力を誇示し、それのなすところを(撮影の遅れや予算の問題等に見舞われたがそれでも)華麗に力強く描き上げた。バキ版のテーマはなるほど大人には受け入れやすいであろう。しかし、ミュンヒハウゼン男爵の物語に関してはそのようなアプローチは変化球である。子供のころからのこの物語の愛読者として、ギリアムのアプローチを支持したい。
(更新 2008年6月25日 (水) 16時43分) / 0 コメント
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